テサロニケ人への第一の手紙4章16-17節
- 舟喜ふみ師

- 2025年5月10日
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更新日:2025年6月4日
舟喜ふみ牧師の証詞(5)
すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。
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最後に 夫が召天した時のことを お証させていただきたいと思います
日光で修養会があり 東京にいる子たちもそこに行き 誰もいませんから 日曜の礼拝の御用を 主人がいたしました 前橋の教会では日光に行かないで、残っている人たちが少なからずおりました。
「そろそろ会堂に行かなくてはなりませんね」と言ったら 夫は 「そうだね」と答えて 一緒に家を出 教会に入って行ったのです
礼拝のお話は ヨハネ黙示録21章からでした 夫は いつもはそれほど大きな声は出さないのですが その日にかぎって とても大きな声で話したのです そして もうお話が終わるその時になって 声だけが出て 言葉が出なくなったのです
信徒の中に医者がいて すぐに夫の異変に気づき 夫のところに飛び出して行きました そして 腰かけて休むように言ったのですが 夫は頑なに腰かけようとはしません 聖書の中のテサロニケ前書4章の処を指さして どうしてもこのみ言葉を話したいという
顔をして譲らず 講壇の前に立ったままでいるのです
そのうち 自分が今 死の瀬戸際に立たされていることをふと悟って 突然手を挙げて ちょうど列車が発車する時に見送りの人たちに手を振るように 夫は手を振り始めたのです 私はすぐさま講壇に上がり 「もう御用は済んだのですから 椅子に腰かけましょう」と言って手を引き 夫も自ら椅子のあるところを確かめて 椅子に腰を下ろすと 短く祈りをささげ そのまま目をつぶりました 信徒たちは布団を講壇に敷いて 夫を寝かせてくださいましたが すでに息はありませんでした
日光にいる子どもたちにすぐ電話をしました ちょうどその時 すべての集会は終了していましたので その集会を中断させることなく ちょうど良い時に 夫は最期を遂げたのです 子どもたちは これ以上急げないという速さで帰ってきましたが 夫の死に立ち会うことはできませんでした
浜田山にいる四男が言いました 「お父ちゃんは 生きている間は何の賞ももらわなかったけれども 神様から表彰されているね」 あまりにもあっけない最期でしたが 生前夫は「誰にも迷惑をかけずにパッと召されたい」と言っておりましたが 本人が願うとおりの最期でありました
多くの方から「舟喜のお父さんのような最期を遂げたいものだ」と言われましたが 死の苦しみもなく 講壇の上で御用をしながら召されるという これほど祝福された 最期はございませんでした ただただ神様のあわれみに感謝するばかりでした
コメント:冒頭のみ言葉のとおり、私たちには復活のいのち、栄化の希望があります。だから、死別に際しても、感謝できるのです。(佐藤)






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