エペソ人への手紙4章16節
- Pastor

- 18 時間前
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また、キリストを基として、全身はすべての節々の助けにより、しっかりと組み合わされ結び合わされ、それぞれの部分は分に応じて働き、からだを成長させ、愛のうちに育てられていくのである。
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15節には個人の成長が語られ、16節には教会の成長が語られている。教会に連なるひとりひとりは、同じ神を信じているとは言え異なる。対立することもしばしばである。反目しあって、一方が教会を出て行ってしまうケースもある。私は長年牧師をしていて、対立する人も一緒にいなければならないと思っている。私は不完全な人間であっていくつも欠けがある。受け入れがたい、相対立する人によって自らの足らないところが負われていることに気づいたからである。パウロは、教会はキリストを頭(かしら)とする身体(からだ)であると言っている。身体は数えきれないほどのパーツによって成り立っている。目と足は全く異なるものである。目は、ほこりまみれの足にはあまり近寄りたくないと思うかもしれない。しかし、脳の指令によってこれらのパーツが見事に連係し、ダイナミックにきめ細やかに活動するように、教会においても、ひとりひとりが主を畏れ、頭なる主の前にへりくだり、主の指令に従うなら、身体のように連携し、教会に託された使命、宣教は力強く推し進められてゆくにちがいない。教会は共に連携して働きをなして行く中で教会は成長し成熟する。そして共に働く中で、互いの間に神の愛が育まれてゆくのである。






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