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エペソ人への手紙4章11-13節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 4 日前
  • 読了時間: 2分

そして彼は、ある人を使徒とし、ある人を預言者とし、ある人を伝道者とし、ある人を牧師、教師として、お立てになった。それは、聖徒たちをととのえて奉仕のわざをさせ、キリストのからだを建てさせ、わたしたちすべての者が、神の子を信じる信仰の一致と彼を知る知識の一致とに到達し、全き人となり、ついに、キリストの満ちみちた徳の高さにまで至るためである。


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ここに牧師、伝道者の務めについて述べられている。勧士も同様の務めに当たる。それは、み言葉によって聖徒たちを整えることである。「聖徒」とは、主イエス・キリストを信じるキリスト者すべてである。そのキリスト者、すなわち教会の信徒が整えられるとは、

(1)聖書にある正しい知識にしたがって救いの経験をする。

(2)神の子としてふさわしく生活するための知識と訓練を受け、健やかな信仰生活を送る。

(3)神より与えられた賜物を生かし、主に託せられた奉仕(仕事)に勤しむ。

(4)苦難に遭った時に、牧師に相談し共に祈り合う。祈りの中でみ言葉が与えられ、そのみ言葉に従うことによって、神のみわざを拝し、生きた神を体験する。それによって、私たちの信仰は成長して、全き人(100%神に頼る全き信仰に立つ者)となり、主イエス・キリストの御姿に近づけられてゆく。


このように信徒を育成して行くコーチ、トレーナーが牧師の務めである。競技や試合においてはアスリートが主役であって、トレーナーはその背後で支える脇役である。教会においても、主役は信徒である。この世にあって、教会の信徒がいつも神の恵みにあふれて、いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことに感謝し、主イエス・キリストを生き生きと証してゆくことを、牧師は何よりも望んでいるのである。



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