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ヘブル人への手紙11章1-3節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2025年5月5日
  • 読了時間: 1分

さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。昔の人たちは、この信仰のゆえに賞賛された。信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉で造られたのであり、したがって、見えるものは現れているものから出てきたのでないことを、悟るのである。


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「マルコによる福音書」が取り上げられ、始められたばかりであるが、今後しばらく、舟喜ふみ著『みことばの味わい』を取り上げ、牧師夫人であった舟喜ふみ先生の、生活に根ざしたみ言葉の解き明かしを紹介したいと思う。


先ずは、舟喜ふみ先生の略歴を紹介する。1894年(明治27年) 長野県飯田市に生まれる

1916年(大正 5年) ノルマン宣教師より受洗。3年後に 舟喜麟一牧師と結婚 神戸在住し 関西聖書神学校で学ぶ。 

その後、夫と共に銚子 足尾 大間々 太田の各地で開拓伝道にあたり、前橋に移ってからは、前橋教会と共に50年の教会の歴史と共に歩んだ。

その間、五男二女の母としても多忙な日々を送る。

1968年(昭和43年) に夫を天に送ってからは、前橋教会の牧師として内外に牧会の働きに携わったが、1979年(昭和53年)10月に、84歳で惜しまれつつ天に召された。

戦中厳しい時代にあって 屈することなく主に仕えて来られた。

最初に、舟喜ふみ牧師の信仰の証を取り上げる。




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