top of page

ヤコブの手紙4章13-15節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年11月22日
  • 読了時間: 2分

よく聞きなさい。「きょうか、あす、これこれの町へ行き、そこに一か年滞在し、商売をして一もうけしよう」と言う者たちよ。 あなたがたは、あすのこともわからぬ身なのだ。あなたがたのいのちは、どんなものであるか。あなたがたは、しばしの間あらわれて、たちまち消え行く霧にすぎない。 むしろ、あなたがたは「主のみこころであれば、わたしは生きながらえもし、あの事この事もしよう」と言うべきである。


*******


ある牧師が説教の中でこんな話をしていた。教会に初めて行った時、教会の人たちが何事も「・・・させていただく」という語尾をつけて話しているのがとても気になったという。なぜ、「・・・する」と言わないのか?本当にやる気があるのか?不可解だったという。しかし、キリストを信じるようになってから、そう言わざるを得ない理由を知って、他人に教わるまでもなく、「・・・させていただく」と言うようになったという。


神があって、私がある。神に造られ、今なお神に生かされて、今の私があるからだ。「明日もわからぬ身」、「しばしの間あらわれて、たちまち消え行く霧にすぎない」というと、人の一生のはかなさを思い、恐ろしくもあり、憂うつな気持ちになるかもしれない。しかし、知っていただきたい。私の一生、その終わりの時は神の御手の中に掌握されている。最善のうちにそれが定められている。神を信じる者にとって、この神のみ言葉が、なんとも言えず喜ばしく、安心なのである。そして、「主のみこころであれば、わたしは生きながらえもし、あの事この事もしよう」と言って、共に働き、共に生活することが、周囲の人たちにとってどんなにか、心地良く、愉快な気持ちになれる、そして希望が感じられるのである。




コメント


bottom of page