ヤコブの手紙4章5節
- Pastor

- 2024年11月18日
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それとも、「神は、わたしたちの内に住まわせた霊を、ねたむほどに愛しておられる」と聖書に書いてあるのは、むなしい言葉だと思うのか。
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「ねたむほど愛しておられる」。神は、こんなにも大胆な表現を使うのかと驚いてしまう。愛が嫉妬へと移り変わってゆくとなれば、身を引いてしまう。そんな愛はごめん被(こうむ)ると思ってしまう。ところが、旧約新約通じて、「ねたむ」という語が、神の愛を語る場合によく使われている。聖書はわれわれに何を語ろうとしているのか。この「ねたむ」という言葉には、ご自身が造られた人間ひとりひとりを、サタン・悪霊の願うままに、罪の奴隷に引き渡すことが、どうしてできようか!というねばり強い神の意志、執念が感じられる。神の愛は果てしなく絶えることがない(第一コリント13:8)。神は、私の本当の親であるから。






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