ヤコブの手紙5章15-16節
- Pastor

- 2024年11月27日
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信仰による祈は、病んでいる人を救い、そして、主はその人を立ちあがらせて下さる。かつ、その人が罪を犯していたなら、それもゆるされる。だから、互に罪を告白し合い、また、いやされるようにお互のために祈りなさい。義人の祈は、大いに力があり、効果のあるものである。
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病気になることはつらいことであるが、病気は決して悪いものではない。人は病んで神を身近に感じ、自分を見つめ直すことができる。そして主のいやしを信じて祈る時に、健康であることはあたり前ではなく、神によって与えられ支えられているものであることを知る。
だれもが罪あやまちを犯す。それに気づかされて神の前に告白し、関わりのある人に謝る。罪を犯すことは決して悪いものではない。罪を犯して、神にゆるされ、人にゆるされて、今の自分があることを知る。
だから、病気になり、罪あやまちを犯す互いであるから、互いのいやしのために祈り合い、あやまちを打ち明け合い、ゆるし合うものでありたい。






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