ヨハネによる福音書20章16節
- Pastor

- 2024年2月11日
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更新日:2024年12月5日
イエスは彼女に「マリヤよ」と言われた。マリヤはふり返って、イエスにむかってヘブル語で「ラボニ」と言った。それは、先生という意味である。
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20章は、主イエス・キリストの復活の出来事が記されている。主は生前、弟子たちに向かって「見よ、わたしたちはエルサレムへ上って行くが、人の子は祭司長、律法学者たちの手に渡されるであろう。彼らは彼に死刑を宣告し、そして彼をあざけり、むち打ち、十字架につけさせるために、異邦人に引きわたすであろう。そして彼は三日目によみがえるであろう」(マタイ20:18-19)と、何度も十字架と復活について予告していた。しかし、彼らは聞いても心には届いていなかった。それ故、十字架の上で贖いが完成され、死を撃ち破り復活されても、ただ悲嘆に暮れていたのである。
そんな不信仰が渦巻く中で、復活の主と出会ったのは一人の女性であって、マグダラのマリヤであった。「女よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか」と言われても、マリヤは園の番人だとしか思っていなかった。主に「マリヤ」と呼ばれて、反射的に「ラボニ(先生)」と答え、今、目の前におられる方が復活の主であることを、一瞬にして悟ったのである。信仰の告白は、主の前に独り立ってなされるものである。その時から主との一対一の交わりが始まる。マリヤには、この一対一の交わりがあったからこそ、「マリヤ」と呼ばれた時に、即座に復活の主であることがわかったのである。






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