ヨハネによる福音書6章15節
- Pastor

- 2022年1月27日
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更新日:2024年12月5日
イエスは人々がきて、自分をとらえて王にしようとしていると知って、ただひとり、また山に退かれた。
主イエスが空腹を満たしてくれたことから、人々は主を王にしようした。
彼らにとって日々の糧、寒さをしのぐ衣服と住まいは切実な問題であった。
しかし、救い主は、人々を貧困からの救うために来たのではない。罪から救うために来たのである。だからただひとり、人気(ひとけ)のないさびしい山に退かれたのである。
人に喜ばれほめられることは悪いことではない。しかし、その場にいつまでもとどまってはならない。
そうでないと、神がなされたことが、あたかも自分がしたかのようにすりかえられ、本来果たすべき使命、神に託された仕事を見失ってしまうからである。
神にすべての栄光を帰し、主にならい、早めに退くことを心がけたい(第二コリント1:20)。






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