使徒行伝12章6節
- Pastor

- 2024年4月13日
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更新日:2024年10月14日
ヘロデが彼を引き出そうとしていたその夜、ペテロは二重の鎖につながれ、ふたりの兵卒の間に置かれて眠っていた。番兵たちは戸口で獄を見張っていた。
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ペテロはヘロデに捕らえられ、獄につながれた。二重に鎖でつながれた挙句、二人の兵卒の間に拘束され、脱出は不可能だった。翌日には民衆の前に引き出され、ヤコブのように処刑されることが定められていた。しかし、教会では身柄の解放を願って熱心に祈っていた。その晩、ペテロは疲れ切っていたのだろう、熟睡していた。あきらめて熟睡していたペテロの様子を見て、兵卒たちも安心して熟睡していた。すると、そこに御使いが現われ、二人の兵卒に気づかれぬように、ペテロを起こした。ペテロが目を覚ますと、その先のことは夢か現(うつつ)か、わからないうちに、鎖は解かれ、第一の衛所、第二の衛所を抜け出し、最後の街に出る鉄門も開かれた。ペテロは街中に立ち、自由の身とされると、御使いは消え失せ、今起こっていることが現実であることを知ったのである。
6月22日にホーリネス弾圧記念集会があり、その準備のために『神の言はつながれていない』という、1942年6月26日にホーリネス系教会牧師の一斉検挙が行われた宗教弾圧についての証・講演集を読んでいる。そこには、本人、家族の弾圧経験の証がつづられている。投獄された牧師の中には、獄死した人もあり、極寒と栄養失調のために肺炎などを患い仮出所した人もある。取り調べ、起訴、裁判を終え、解放された人もある。私たちの深川教会の牧師だった高橋俊三先生は、巣鴨刑務所に収監されていたが、肺炎を患い仮出所し、本所にあった弟宅で療養している時に空襲に遭い、焼死された。空襲で教会も焼失したが、この事実を教会員であれば、しっかり心に刻んでおきたい。ところで、解放されたという牧師の証の中に、何重にも鉄格子に仕切られた薄暗い牢獄から釈放された経験を、このペテロの解放の記事と重ねて書いてあるものがあった。ただ教会の人たちに祈られ、何事もなかったかのように解放されたという。まさに、神による救出であったと実感したという証だった。
主はあなたを守って、すべての災を免れさせ、またあなたの命を守られる。(詩篇121:7)






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