使徒行伝13章46-47節
- Pastor

- 2024年4月19日
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更新日:2024年11月4日
パウロとバルナバとは大胆に語った、「神の言は、まず、あなたがたに語り伝えられなければならなかった。しかし、あなたがたはそれを退け、自分自身を永遠の命にふさわしからぬ者にしてしまったから、さあ、わたしたちはこれから方向をかえて、異邦人たちの方に行くのだ。主はわたしたちに、こう命じておられる、『わたしは、あなたを立てて異邦人の光とした。あなたが地の果までも救をもたらすためである』」。
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キプロス島からさらに大陸に渡ってアジアのガラテヤ地方に行き、ピシデヤのアンテオケの会堂で、多くのユダヤ人と神を敬う異邦人に福音を語り伝えた。この説教は、ステパノの説教を彷彿させるものだった。旧約聖書を説き明かし、そこに預言されてきたメシヤこそ、イエスであり、十字架の贖いによって、どんなに律法を遵守しようとしても救われることのなかった私たちがこの十字架をあおぎ、イエスが身代わりとなって死なれたことを信じる信仰によって、義とされ、救われることを理論立てて力強く説いたのである。この説教は聴衆の心を動かし、イエスを信じる者が続出する一方で、パウロに対するねたみによって排斥しようとする人たちがあった。このことによって世界宣教に一大転換が起こった。彼らのかたくなな態度によって、宣教の矛先は異邦人に向けられるようになったのである。パウロの異邦人伝道の根拠をこのイザヤ書49:6として引用した。彼らはそれを確信して「異邦人の光」として地の果てまでこの福音を宣べ伝えることを決意したのである。この宣教の一大転換によって、東の外れの日本に住む私たちにも福音が伝えられたのである。






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