使徒行伝14章11-12節
- Pastor

- 2024年4月20日
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更新日:2024年9月28日
群衆はパウロのしたことを見て、声を張りあげ、ルカオニヤの地方語で、「神々が人間の姿をとって、わたしたちのところにお下りになったのだ」と叫んだ。彼らはバルナバをゼウスと呼び、パウロはおもに語る人なので、彼をヘルメスと呼んだ。
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パウロとバルナバはルステラの町に行き、生れながら足の不自由な人を見かけた。彼をじっと見て、彼のうちにいやされるほどの信仰があるのを認めたので、パウロは彼に向かって「自分の足で、まっすぐに立ちなさい」と大声をあげて言った。すると、彼は躍り上がって歩き出した。これを見ていた民衆は、「神々が人間の姿をとって、天から降りて来られたのだ」と叫び、「バルナバ」をゼウスと呼び、「パウロ」をヘルメスと呼んで崇拝した。さらに民衆たちは祭司を連れてきて、二人を神々としてまつり、犠牲をささげようとした。すると、パウロとバルナバは上着を引き裂いて、彼らに弁明して言った。「皆さん、何故こんなことをするのですか、われわれはあなたがたと全く同じ人間です。人間は神に造られたものに他なりません。人間の作った神々も神ではありません。真の神は天と地と海と、その中に生息するすべての生き物を造られた創造主なる神です。この神が天から雨を降らせ、季節ごとに子持つと果実を実らせて私たちを養い、私たちの身体と心を満たして恵みを賜わるのです」と語った。すると、彼らは思いとどまった。
10章で、コルネリオがペテロに向かってひれ伏し拝んだ時、ペテロは断固としてそれを拒んだ。また12章で、ツロ・シドンの人々がヘロデ王を神としてあがめた時、神に栄光を帰さなかったヘロデはサソリにかまれ、一瞬にして命を奪われた。牧師も、人からもてはやされ、あがめられて、神がなしてくださった業なのに、あたかも自分がしたかのように、神に栄光を帰さなければ、その職務をはく奪され、滅ぼされかねない。だれひとり神の前に傲慢にならぬように気をつけねばならない。
高ぶりは滅びに先立ち、誇る心は倒れに先立つ。(箴言16:18)






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