使徒行伝18章1-2節
- Pastor

- 2024年5月4日
- 読了時間: 1分
更新日:2024年10月16日
その後、パウロはアテネを去ってコリントへ行った。そこで、アクラというポント生れのユダヤ人と、その妻プリスキラとに出会った。クラウデオ帝が、すべてのユダヤ人をローマから退去させるようにと、命令したため、彼らは近ごろイタリヤから出てきたのである。
*******
ここにアクラとその妻プリスキラが登場する。「アクラ」はポント生れの名もないユダヤ人であり、「妻プリスキラ」は「プリスカ」と同一人物である。「プリスカ」はローマ式の名前であり、貴族の間によく見られる名である。プリスキラは信仰によってアクラと結婚し、名も「プリスキラ」と改名。この時から一介のユダヤ人となり、ローマの市民権も手放したので、クラウデオ帝の勅令により、夫と共にローマから退去を命じられたのではないか。アクラとプリスキラは信徒であったが、雄弁で博識だったアポロという伝道者を家に迎え入れて、詳しく福音の真理を解き明かし、真の信仰に導き、神の器として整えた。また、パウロに仕え、パウロの命を救うためには自分たちの首をも差し出した人であったとローマ16:3,4に紹介されている。二人は晩年エペソの教会の柱石となり(第二テモテ4:19)、若い指導者テモテを支えた。それが当時、獄中にあったパウロにとってどんなに心強いことであったかしれない。






コメント