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使徒行伝4章13-14節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年3月4日
  • 読了時間: 1分

更新日:2024年12月4日

人々はペテロとヨハネとの大胆な話しぶりを見、また同時に、ふたりが無学な、ただの人たちであることを知って、不思議に思った。そして彼らがイエスと共にいた者であることを認め、かつ、彼らにいやされた者がそのそばに立っているのを見ては、まったく返す言葉がなかった。

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ペテロとヨハネは、取り調べられた律法学者、祭司長によって、「無学なただの人」と呼ばれた。二人は彼らから見下されてそのように呼ばれたのであるが、二人が「無学なただの人」に徹したからこそ、生れながら立つこともできない足の不自由な人を歩かせ、力強くキリストの福音を語ることができたのである。「無学な」とは、学ぶことを不要と認めた人のことではない。むしろ、熱心に学ぶ人である。そして、あのソクラテスのように多くのことを学びながらも、「私は何も知らない」と言って、神の全知の前にひれ伏すことできる人である。また「ただ人」とは、人の前に偉ぶらない人、へりくだって、気位が高くなく、誰とでも仲良くなれる人である。そのような人に聖霊は自由に働かれ、ペテロとヨハネのように、神の働きを担い、神の言葉を語ることができるのである。そういう人に私はなりたい。




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