top of page

使徒行伝9章1-3節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年4月4日
  • 読了時間: 1分

更新日:2024年11月18日

さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅迫、殺害の息をはずませながら、大祭司のところに行って、ダマスコの諸会堂あての添書を求めた。それは、この道の者を見つけ次第、男女の別なく縛りあげて、エルサレムにひっぱって来るためであった。ところが、道を急いでダマスコの近くにきたとき、突然、天から光がさして、彼をめぐり照した。


*******


ステパノの殉教は、昨日申し上げたように、サウロに強い衝撃を与えたことは間違いない。しかし、サウロはそれ以後、何かとり憑(つ)かれたように、クリスチャンに対して根絶やしにしようという勢いで、一層迫害の手を強めて行った。教会にとってサウロはもっとも恐れられていた迫害の急先鋒だった。しかし主は、このサウロをこのままには放っておかなかった。サウロの迫害を食い止めるために天から火を下して滅ぼしてしまうのか。そうではなかった。「天からの光」であった。天からの光は、彼の肉眼を見えなくした。それは、彼の霊の目を開くためであった。




コメント


bottom of page