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使徒行伝9章15節

  • 執筆者の写真: 舟喜ふみ師
    舟喜ふみ師
  • 2025年6月3日
  • 読了時間: 2分

更新日:2025年6月4日

わたしの証人(2)


しかし、主は仰せになった、「さあ、行きなさい。あの人は、異邦人たち、王たち、またイスラエルの子らにも、わたしの名を伝える器として、わたしが選んだ者である。


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人の力の最高のものをもってしても、イエス様の証人になることはできません。聖霊のみ、このことをなさるのです。


鉱山では、人手でどうにもならない岩に小さな穴を開け、その中にダイナマイトを仕かけますと、大きな岩が見ているうちに砕けます。私たちの不信仰という大岩も、中心に聖霊が注がれる時、見事に砕けて、心から救い主を信じ従う従順な心が与えられるのです。人にはできないけれど、神にはおできになります。今も、主のみ声は全世界に響いています。


パウロは、ステパノの殉教の輝いた姿に魅せられ、彼のうちにあるあの美しいものとは何なのだろうという思いに心とらわれました。それでも彼は迫害の手をゆるめず、主の弟子達を迫害するためにダマスコに向かって行ったのです。神はあなどるべき方ではありません。彼は、ダマスコ途上で天の光に打たれて倒れ、三日間目が目が見えなくなりました。そこに復活のイエス様が現われ、「なぜわたしを迫害するのか。とげのついた棒を蹴るのは、あなたにとって痛いことだ」と諭されたのです。このとき主は、アナニヤという一人の使いを遣わして、パウロをお取り扱いになりました。それで、くらんでいた目が開かれるとともに、不信仰の大岩が砕かれて、神様が見えるようになったのです。迫害者が一転して、主に仕える使徒となったのです。


主は、アナニヤに言われたみことばを全うされました。主はパウロを用いられ、彼によって書かれた手紙は、永遠に神の真理を語り伝えています。


昔、主のみ言葉は、イザヤに、エレミヤに、またその他の預言者に臨んで主のみこころを知らせました。今は、イエス様を信じる人の中に宿って、神のみ力を現わし、「わたしの証人となります」と宣言されるのです。なんと驚くべきみわざはありませんか。




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