箴言1章7節
- Pastor

- 2024年12月4日
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主を恐れることは知識のはじめである、愚かな者は知恵と教訓を軽んじる。
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「恐れる」とは、確かに「知識のはじめ」なのかもしれない。娘が2、3才になって、外の散歩ができるようになった頃、「えっ」と思うような行動があった。それは歩道のちょっとした段差にさしかかると、両手をついて低い方に足を伸ばして立ち上がり、通過するのである。だれが教えたわけでもない。なんと慎重な子だろうと驚いた。転ぶかもしれない。車にはねられるかもしれない。やけどするかもしれない・・・恐れることは、自分の身を守るためのもっとも大事な知識である。
さて、今朝のみ言葉であるが、「恐れる」は「畏(おそ)れる」と置き換えた方がよい。「神をおそれる」とはおそれかしこむことで、恐れる、怖がることではないからである。日本では、罰(ばち)が当たるという怖い神々のことが言われるが、聖書の神は愛の神である。
畏れるとは、私たちを造られ、守られ養われる神を認め、感謝することである。さらに、聖書の言葉をとおして与えられる知恵を重んじ、従うことである。人は、神を畏れることによって、他人と良き関係を築き、幸いを得ることができる。






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