箴言3章11-12節
- Pastor

- 2025年1月9日
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わが子よ、主の懲らしめを軽んじてはならない、その戒めをきらってはならない。主は、愛する者を、戒められるからである、あたかも父がその愛する子を戒めるように。
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福田聖公会は、成田市の中でもっとも古い教会だった。その教会の長老・飯田四郎兵衛氏は45歳離れていたが、私の信仰と祈りの友だった。飯田氏の祖父・飯田栄次郎はその教会の初代の司祭だった。祖父・飯田栄次郎は旗本出身で、陸軍兵学校で学び軍人だった。西南戦争に出征する時、東京在住の兄を訪ねた。兄は聖公会の信者だった。兄に「戦死することは男の本懐である。ただ冥途の土産に聖書の話を聞いて行ってくれ」と言われ、宣教師の話を初めて聴くが、彼の心は捕らえられ、その後、出征を取り止め、宣教師の導きを得て洗礼を受け、専門の教育を経て司祭となったのである。その祖父・飯田栄次郎司祭は厳格な人だったというが、飯田氏の忘れられないという祖父の思い出を聞かせてもらったことがある。「柿は赤く熟するまで取ってはならない」と祖父に言われていたが、未だ実が青いうちに棒でたたき落とそうとしていたら、祖父に見つかり、水田に投げ入れられ、祖父は容赦しなかったという。それを見ていた村の人たちは、「孫になんとむごいことをするのだろう」と言ったそうだが、孫であった飯田氏はこう言った。「あの祖父の折檻に、祖父の愛情がもっとも感じられた」と。今日においては、体罰は許されることではないが、聖書は言う。
あなたがたに語られたこの勧めの言葉を忘れている、「わたしの子よ、主の訓練を軽んじてはいけない。主に責められるとき、弱り果ててはならない。主は愛する者を訓練し、受けいれるすべての子を、むち打たれるのである」。ヘブル12:5-6






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