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詩篇1章1節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2025年9月26日
  • 読了時間: 1分

悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。


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ローマ人への手紙3:10には「義人はいない、ひとりもいない」とある。「義人」とは、一点の染みとなるような罪がないという完璧な正しさを指している。一度もあやまちを犯したことがなく、何ら非が見あたらないという人である。しかし、このローマ3:10は、そんな人は人類史上、だれ一人なかったと私たちに告げている。人間の罪は私たちの自己中心に深く根ざしている。この自己中心的な思いと行いが人を傷つけるのである。人はだれに言われることなく、罪を犯す。上掲のみ言葉は、どのようにして罪の誘惑を受け、その虜(とりこ)とされてゆくのか、そのプロセスをよく描いている。罪の誘惑があれば、自分の方から「歩み」寄って行って、そこに「立ち」どまる。そしてついにそこに「すわり」こんでしまう。罪にどっぷりと浸かるのである。


この1節が私たちに告げ伝えていることは、私たちがいかに弱く罪深い者であるかということである。だから、その自分の実態をよく自覚するということである。だからこそ、私にはイエス・キリストがおらねばならない。聖書のみ言葉をもって正され、歩むべき道を示していただかなければならない。



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