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詩編53章7節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2025年4月10日
  • 読了時間: 2分

彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、口を開かなかった。

ほふり場にひかれて行く小羊のように、また毛を切る者の前に黙っている羊のように、口を開かなかった。


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このイザヤの預言のとおりであることを、マタイは証言している。


すると、大祭司が立ち上がってイエスに言った、「何も答えないのか。これらの人々があなたに対して不利な証言を申し立てているが、どうなのか」。しかし、イエスは黙っておられた。そこで大祭司は言った、「あなたは神の子キリストなのかどうか、生ける神に誓ってわれわれに答えよ」。イエスは彼に言われた、「あなたの言うとおりである。しかし、わたしは言っておく。あなたがたは、間もなく、人の子が力ある者の右に座し、天の雲に乗って来るのを見るであろう」。すると、大祭司はその衣を引き裂いて言った、「彼は神を汚した。どうしてこれ以上、証人の必要があろう。あなたがたは今このけがし言を聞いた。あなたがたの意見はどうか」。すると、彼らは答えて言った、「彼は死に当るものだ」。それから、彼らはイエスの顔につばきをかけて、こぶしで打ち、またある人は手のひらでたたいて言った、「キリストよ、言いあててみよ、打ったのはだれか」。マタイ26:62-68


偽証や不利な証言に対して、主イエスはなんら弁解することがなかった。裁判する大祭司や議員たちにではなく、この後に登場するローマの総督ピラトにではなく、父なる神にいっさいを委ねておられたのである。


私たちも主にならう者でありたい。最終的に事をさばかれる神は生きておられる。最低限、しかりはしかり、否は否と答え、後は主の御手に任せるのである。


あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ、主はそれをなしとげ、あなたの義を光のように明らかにし、あなたの正しいことを真昼のように明らかにされる。(詩篇37:5-6)




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