イザヤ書53章3-4節
- Pastor

- 3月25日
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彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。
また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。
まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。
しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。
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私たちはこの地上にあって耐えがたい苦しみに遭う。一つは肉体的な苦しみである。負傷、病から来る痛みである。もう一つは精神的な苦痛である。ののしり嘲(あざけ)られること、だまされ裏切られることなど。この二つの種類の苦しみを、主はあの十字架の上で負われたのである。だから、主は私たちのあらゆる痛み苦しみを手に取るようにわかってくださる。また、その痛み苦しみを主が一緒に負ってくださるので、私たちはそれを負い切ることができる。痛み苦しみに押しつぶされることはない。






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