コリント人への第一の手紙12章3節
- Pastor

- 2024年8月24日
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更新日:2024年8月26日
そこで、あなたがたに言っておくが、神の霊によって語る者はだれも「イエスはのろわれよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」と言うことができない。
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主が三年半に及ぶ、寝食を共にする十二弟子との生活、いわゆる「弟子訓練」の集大成として、ガリラヤの北方の異邦の地ピリポ・カイザリヤに弟子たちを連れて行かれた。信仰告白に導くためである。そのために主を知らない地に行って外界を遮断する必要があった。信仰告白は、他人の言葉ではなく、自分の言葉で、心の奥底から湧き上がって出くる言葉としてするものである。主は言われた。「あなたはわたしを誰と言うか」。ペテロは言った。「あなたこそ、生ける神の子キリストです」。その時、主は「この事をあらわしたのは血肉ではなく、天にいます私の父である」と言われた。信仰告白は、上より下るもの、聖霊によって与えられるものである。神を求める人の心に聖霊は寄り添われ、「この方こそ、あなたが信じるべき神、救い主である」とささやかれ促される時、心開いて「イエスは主である」と告白するなら、その人の心に聖霊が宿られる。それが、神の子とされた人の心に宿る神の子としての命である。信仰告白は単なる契約ではなく、神と生命的な関係につながれるものである。






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