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テモテへの第一の手紙2章9-10節
また、女はつつましい身なりをし、適度に慎み深く身を飾るべきであって、髪を編んだり、金や真珠をつけたり、高価な着物を着たりしてはいけない。 むしろ、良いわざをもって飾りとすることが、信仰を言いあらわしている女に似つかわしい。 ******* “ Sunday clothes ”という言葉がある。昔、西欧では一番いい服、一張羅を着て日曜日教会に行った。今日はそうした習慣はすたれてしまったように思う。今日は、むしろ普段着で行く人が多いように思う。要するに、ありのまま、自分らしくして神の前に立つことが望ましいからである。この聖書の時代は貧富の差がはなはだしくあって、つつましい身なりとあるのは、身を整えて行くことのできない人へ配慮だったのではないか。また、装飾品や高価なドレスで身を飾ることはありのままの自分を表わすものではない。つつましい普段着が望ましいとしたのだろう。10節には、私たちが受け取るべきメッセージがある。「むしろ、良いわざをもって飾りとする」。善行を他人に見せるというものではない。善行は、私たちの信仰よりにじみ出てくるものである。主を信じて聖

Pastor
2月21日


コリント人への第一の手紙12章25節
互にいたわり合うためなのである。 ******* さすがに月曜日は疲れていた。広いキャンプ場を一通り見学させていただき、宣教師の先生方と交わりを持ちながら食事を摂り、次第に眠くなってきた。キャンプ場にはベッドルームがたくさんある。その一室を借りて仮眠させていただいた。サンパ...

Pastor
2025年9月18日


コリント人への第一の手紙12章25-27節
それは、からだの中に分裂がなく、それぞれの肢体が互にいたわり合うためなのである。もし一つの肢体が悩めば、ほかの肢体もみな共に悩み、一つの肢体が尊ばれると、ほかの肢体もみな共に喜ぶ。あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である。 *******...

Pastor
2025年9月15日


コリント人への第一の手紙16章22-23節
マラナ・タ(われらの主よ、きたりませ)。主イエスの恵みが、あなたがたと共にあるように。 ******* この最後のあいさつの言葉は、パウロ自身の手で記された。 「マラナ・タ」はアラム語である。当時のキリスト者は「主よ、来たりませ」と、主イエス・キリストの再臨を待ち望む、この...

Pastor
2024年9月14日


コリント人への第一の手紙16章14節
いっさいのことを、愛をもって行いなさい。 ******* 他人に語り他人に関わる時に、いつも愛を動機として愛することに努めたいと思う。仕事をする時も、家庭で料理を作る時も愛するためにそれらを為すものでありたい。日々、聖書をとおし、自然界をとおして主の愛をひしひしと感じながら...

Pastor
2024年9月13日


コリント人への第一の手紙15章58節
だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。 ******* アメリカのカンザスシティに住む少女の手記を読んだことがあった。この手記が書かれ...

Pastor
2024年9月12日


コリント人への第一の手紙15章54-57節
この朽ちるものが朽ちないものを着、この死ぬものが死なないものを着るとき、聖書に書いてある言葉が成就するのである。「死は勝利にのまれてしまった。死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。死よ、おまえのとげは、どこにあるのか」。死のとげは罪である。罪の力は律法である。しかし感謝すべ...

Pastor
2024年9月11日


コリント人への第一の手紙15章51-53節
ここで、あなたがたに奥義を告げよう。わたしたちすべては、眠り続けるのではない。終りのラッパの響きと共に、またたく間に、一瞬にして変えられる。というのは、ラッパが響いて、死人は朽ちない者によみがえらされ、わたしたちは変えられるのである。なぜなら、この朽ちるものは必ず朽ちないも...

Pastor
2024年9月10日


コリント人への第一の手紙15章17-19節
もしキリストがよみがえらなかったとすれば、あなたがたの信仰は空虚なものとなり、あなたがたは、いまなお罪の中にいることになろう。そうだとすると、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのである。もしわたしたちが、この世の生活でキリストにあって単なる望みをいだいているだけ...

Pastor
2024年9月9日


コリント人への第一の手紙15章10節
しかし、神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである。そして、わたしに賜わった神の恵みはむだにならず、むしろ、わたしは彼らの中のだれよりも多く働いてきた。しかしそれは、わたし自身ではなく、わたしと共にあった神の恵みである。 *******...

Pastor
2024年9月7日


コリント人への第一の手紙15章8-10節
そして最後に、いわば、月足らずに生れたようなわたしにも、現れたのである。実際わたしは、神の教会を迫害したのであるから、使徒たちの中でいちばん小さい者であって、使徒と呼ばれる値うちのない者である。しかし、神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである。そして、わたしに賜...

Pastor
2024年9月6日


コリント人への第一の手紙15章5-8節
ケパに現れ、次に、十二人に現れたことである。そののち、五百人以上の兄弟たちに、同時に現れた。その中にはすでに眠った者たちもいるが、大多数はいまなお生存している。そののち、ヤコブに現れ、次に、すべての使徒たちに現れ、そして最後に、いわば、月足らずに生れたようなわたしにも、現れ...

Pastor
2024年9月5日


コリント人への第一の手紙15章3-4節
わたしが最も大事なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことであった。すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、そして葬られたこと、聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえったこと、... *******...

Pastor
2024年9月4日


コリント人への第一の手紙14章13節
愛を追い求めなさい。 ******* 前節の13:13には、信仰と希望と愛の中で、もっとも大いなるものは愛であるという。その愛を追い求めなさいという。私たちは未だ、それほどに神の愛を知らない。知識としての愛ではない。私たちのうちに語られた聖書の言葉が私たちの血となり肉となる...

Pastor
2024年9月3日


コリント人への第一の手紙13章13節
このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。 ******* 一世を風靡したものも時代の移り変わりの中で消え去ってゆく。形あるもの、目に見えるものは色あせ失われてゆく。しかし、主イエス・キリストを信じる信仰...

Pastor
2024年9月2日


コリント人への第一の手紙13章7-8節
(愛は・・・) そして、すべてを忍び、すべてを信じ、 すべてを望み、すべてを耐える。 愛はいつまでも絶えることがない。 ******* 人の愛は美しく華やかであるが、もろく壊れやすい。しかし、神が私たちの間に与えられる愛は地道に耐え忍ぶものである。...

Pastor
2024年8月31日


コリント人への第一の手紙13章5-6節
(愛は・・・) 不作法をしない、自分の利益を求めない、 いらだたない、恨みをいだかない。 不義を喜ばないで真理を喜ぶ。 ******* 愛は「礼儀正しい」と新改訳は訳している。礼儀作法とは一般には、人前に恥をかかないために自分をガードする防護服のようなものである。それが愛で...

Pastor
2024年8月30日


コリント人への第一の手紙13章4節
愛は寛容であり、愛は情深い。 また、ねたむことをしない。 愛は高ぶらない、誇らない。 ******* 先に申し上げたように、ここに取り上げられる愛は、神から与えられるものであって、もともと私たちの内にはないものである。 職場の中で、寛容であって情け深くあるなら、人間関係はど...

Pastor
2024年8月29日


コリント人への第一の手紙13章4-8節
愛は寛容であり、愛は情深い。 また、ねたむことをしない。 愛は高ぶらない、誇らない、 不作法をしない、自分の利益を求めない、 いらだたない、恨みをいだかない。 不義を喜ばないで真理を喜ぶ。 そして、すべてを忍び、すべてを信じ、 すべてを望み、すべてを耐える。...

Pastor
2024年8月28日


コリント人への第一の手紙13章1-3節
たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢と同じである。たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無...

Pastor
2024年8月27日
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