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コリント人への第一の手紙13章1-3節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年8月27日
  • 読了時間: 2分

たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢と同じである。たといまた、わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。たといまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。


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1節で言われている「御使いの言葉」とは人間界の言葉ではない。それは「異言」であると言われる。それがどんなに尊い言葉であっても、一般の信徒には理解できない。愛と配慮をもって一般の人にもわかるように解き明かす。それをせずして語るなら、やかましい鐘と何ら変わらない。2節の「預言する」とは未来を予知して語ることではなく、聖書の言葉を説き明かし、人々に伝えることである。そのような説き明かしに優れた説教をし、神の知恵に富んだ牧師がいたとしても、今、その人の前にいる人を愛し受け入れる心を持たないとしたら、その牧師の働きは無に等しいという。また、全財産を人に施し、イエス様を信じる信仰を貫き、火で焼かれるという殉教をいとわなかった人がいたとしても、人を愛する愛がなければ、無益であるという。イエス様が私たちに何よりも願っていることは、人を愛することである。もっとも身近な家族を大切にいつくしむことである。見知らぬ人であっても、あなたを必要とする人があれば、惜しまずその人の助けとなることである。




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