コリント人への第一の手紙12章25-27節
- Pastor

- 2025年9月15日
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それは、からだの中に分裂がなく、それぞれの肢体が互にいたわり合うためなのである。もし一つの肢体が悩めば、ほかの肢体もみな共に悩み、一つの肢体が尊ばれると、ほかの肢体もみな共に喜ぶ。あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である。
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6日(土)午後8時からブラジル福音ホーリネス教団の任命式が行われた。私たちの教団同様、年に一度集まってこの式が行われるのだが、私たちの教団とは全く異なるものだった。式というより、飲食はしないがパーティという感じだった。まず時間帯からして異なる。しかも終了したのは、日が替わる零時前だった。
私たちの教団では年会の最終日に「聖別派遣式」という名称で任命式が行われる。教団委員長が、任地(教会名)に次いでそこに遣わされる牧師名を読み上げる。呼ばれた人はそこに立ち上がって、「はい」という返答を主に向かってする。読み上げる教団委員長も緊張するが、呼ばれる牧師も心引きしめ、新たな思いを持って主に向かって応答する。厳粛な時であり、神を感じる時である。そこに主の呼び声を聴き、主のみ旨として心から従うのである。
それに対してブラジルの任命式は、はりつめたような緊張感というものがない。教区単位で名前が呼ばれると、ステージに上がる。夫婦で派遣される場合は手をつないで壇上に上がる。すると、同じ教区に遣わされた者同士がハグして互いに歓迎し合う。一緒に手を取り合い、新たな一年も励まし合い支え合って、牧会・伝道の働きをして行こうと声をかけ合うのである。ブラジルの教区は、われわれの東部教区のように、電車や車で数十分、かかっても1時間強というものではない。サンパウロ市内でごく近い教会がないわけではないが、多くの場合、400、500キロ、遠いところは1000キロ以上離れている。頻繁に会うことはできないが、牧師同士が仲が良く、深いつながりを持っている。文化の違いもあるが、うらやましく思えたし、私たちの教団も何らかの形で見習いたいと思った。






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