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コリント人への第一の手紙12章25節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2025年9月18日
  • 読了時間: 3分

互にいたわり合うためなのである。


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さすがに月曜日は疲れていた。広いキャンプ場を一通り見学させていただき、宣教師の先生方と交わりを持ちながら食事を摂り、次第に眠くなってきた。キャンプ場にはベッドルームがたくさんある。その一室を借りて仮眠させていただいた。サンパウロは標高約800メートル、キャンプ場はさらに高い山の上なので、季節は、日本で言えば、鹿児島の三月上旬の気候という。エアコンもないのに涼しい、そして静かである。


ぐっすり休んで目を覚ますと、一人のお年寄りの方が少し離れたベッドで休んでおられた。その方もベッドから起き上がり、腕を高く伸ばしていた。そばに寄ってゆくと、「日本から来たのですか」と聞かれ、「はい」と言うと、うれしそうに話し出された。その方はブラジル移民二世と言っておられたが、ポルトガル語も日本語も話す。久しぶりに日本語を思う存分話せるということで、ご自分のことを話された。


94才で、名前は夏目ミチアキさんという。お父さんは北海道の石狩川に近い町の出身でクリスチャンだった。お父さんは何人かのクリスチャンの仲間とブラジルに渡ったという。夏目さんはブラジルで生まれた。


もっとも辛い経験をしたのが、戦時中であったと話された。日本は敵国なので、公の場所では日本語を使うことが許されず、様々な差別を受けたという。日本が敗戦したその年、多くの日系人は「戦争に勝った」と信じていた。日本から間違った情報が常に流されていたからである。そうした幻想にとりつかれた人をねらって、「日本は戦争に勝って豊かになっている。だからこんな移民生活で苦労する必要はない。帰国すれば仕事もあるし、豊かな生活ができる」と言って、農地を売却させられ、「サントス港に迎えの船がいついつ来る」と言われてそれを信じ、お金をだまし取られた人たちが大勢あったという。もちろん迎えの船などは来るはずがない。そんな悪らつな日本人がいたという。夏目家は、伯父が英語ができ、ラジオで正しい情報を得ていたのでだまされることはなかった。しかし、そうした正しい情報を伝えても、戦勝を信じて疑わない人たちは、「日本は戦争に敗れた」と言う人々に対し、「おまえたちは非国民だ」と言って迫害したという。教会の中にも、そうした「日本は戦勝国だ」と信じる人が少なからずいて、「日本は敗戦した」という正しい情報を伝えた湯浅十郎牧師は、信徒から罵倒され、「あやまれ」と言われて、土下座してあやまったという。そうでもしないと、教会内で起こった騒動におさまりがつかなかったからである。そんな悲しい過去のことに今も痛みを感じておられ、話し終えて一緒に祈った。その後、私の手を握り、何度も何度も「また来てください」と言われた。何か遠い昔の叔父叔母に会ったような懐かしい気持ちだった。


キャンプ場を立ち去りホテルに着いたのは夕方の7時過ぎだった。途中、サンパウロの街に沈む夕日がきれいだった。



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