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コリント人への第一の手紙15章8-10節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年9月6日
  • 読了時間: 2分

そして最後に、いわば、月足らずに生れたようなわたしにも、現れたのである。実際わたしは、神の教会を迫害したのであるから、使徒たちの中でいちばん小さい者であって、使徒と呼ばれる値うちのない者である。しかし、神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである。そして、わたしに賜わった神の恵みはむだにならず、むしろ、わたしは彼らの中のだれよりも多く働いてきた。しかしそれは、わたし自身ではなく、わたしと共にあった神の恵みである。


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使徒として資格は、キリストの復活に立ち会った、その証人である。パウロが「月足らず」と言っているのは、パウロが復活のキリストを拝したのはキリストの昇天以後、ダマスコ途上であったからである。


パウロは、ステパノを死に至らせ、多くのキリスト者を捕らえた教会の迫害者だった。にもかかわらず、主のあわれみによって復活のキリストと出会い、救いに入れられ、使徒の一人として認められたのである。


そのことの故に、パウロは、使徒の中でもっとも小さい者、使徒と呼ばれる値打ちのない者と自称している。だからこそ、神から受けた恵みが無駄にならぬように、使徒として誰よりも多く働いた。それはただ神の恵みによるものだと言って、いっさいの栄光を主に帰している。


ルカによる福音書7章には、罪ある女が主の足に香油を塗ったという記事がある。主はその女をご覧になって、多く赦された者は多く愛すると言われた。パウロは赦されようのない罪を赦され、その恵みに心動かされて誰よりも多く働いたのである。




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