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コリント人への第一の手紙1章18節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年3月29日
  • 読了時間: 1分

更新日:2024年11月20日

「十字架の言葉は」

十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。


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何度も申し上げてきたように、キリストの十字架と復活は神の奥義である。「奥義」は人間の知恵、知識をはるかに超えた神の智慧(ちえ)である。人の知力によって知ろうとすればするほど、私たちから遠のいてゆく。主イエスはしばしば、「幼な児のようにならなければ、神の国に入ることができない」と言われた。私たちが幼な児のように高ぶらずへりくだって、さらに柔らかな、そして素直な心をもって神の前にぬかずくなら、聖霊は、キリストの十字架を鮮やかに現わしてくださる。そして、「主はわが罪のために十字架の上で死なれたのだ」と心から信じる者とされるのである。だから、聖霊のささやきの声を拒んではならない。主の前に身をかがめ低くしよう。


一旦、この十字架の言葉を信じるなら、「神の力」は、私たちの想像をはるかに超えて威力を発揮し、罪の力から私たちを解き放ち、私たちを新しく造り変え、神と共に歩む新たな人生に導き入れるのである。




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