コリント人への第一の手紙11章23-24節
- Pastor

- 2023年1月23日
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わたしは、主から受けたことを、また、あなたがたに伝えたのである。すなわち、主イエスは、渡される夜、パンをとり、感謝してこれをさき、そして言われた、「これはあなたがたのための、わたしのからだである。わたしを記念するため、このように行いなさい」。
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キリストの十字架があって、今の私がある。人は罪のために神と断絶し、死に定められた。人が罪から解放されて神との交わりを回復し、死という永遠の滅びから救うために、キリストは十字架につけられ三日目によみがえられた。この十字架を一生涯忘れることがないように、聖餐式という聖礼典を主は制定されたのである。言葉はしばしば上滑りする。十字架を体で体験し、心の深く刻まれるように聖餐式を定められたのである。十字架があって今の私がある。聖餐式をいつも生きた儀式として執り行われるように祈りたい。また、教会に導かれているあらゆる求道者がキリストの十字架を仰ぎ、「キリストは私の罪のために十字架にかかられた」と信じて、共に聖餐式の恵みにあずかれるように祈りたい。






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