top of page

コリント人への第一の手紙11章26節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年8月23日
  • 読了時間: 1分

だから、あなたがたは、このパンを食し、この杯を飲むごとに、それによって、主がこられる時に至るまで、主の死を告げ知らせるのである。


*******


キリストの十字架があって、今日の私がある。神の救いにあずかり、神との交わりの中に入れられたのである。それを一生涯、忘れることがないように、この儀式を定められたのである。言葉は時として上滑りする。左の耳で聴いたことが右の耳から出て行ってしまう。しかし、身体で覚えたことは忘れない。身体で経験し、心に刻むのが聖餐式である。そして、身体で覚え確信したこの十字架を世に告げ知らせ、後々の時代まで語り伝え、信じ継がれてゆくためである。




コメント


bottom of page