コリント人への第一の手紙12章22-25節
- Pastor

- 2023年1月30日
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からだのうちで他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり、からだのうちで、他よりも見劣りがすると思えるところに、ものを着せていっそう見よくする。麗しくない部分はいっそう麗しくするが、麗しい部分はそうする必要がない。神は劣っている部分をいっそう見よくして、からだに調和をお与えになったのである。それは、からだの中に分裂がなく、それぞれの肢体が互にいたわり合うためなのである。
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教会の理想的なあり方を人の身体にたとえたということは、聖霊によって与えられた神の知恵という他にない。古代ローマの弱肉強食の時代にあって、「他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり・・・他よりも見劣りがすると思えるところに、ものを着せていっそう見よくする」という発想は奇跡である。教会は弱い人を歓迎する。弱さはだれもが持っているもので、教会ではそれを隠す必要がなく、それを打ち明けて互いにいたわり合い、担い合う。互いにいたわり合い、担い合うことができれば、弱さに押しつぶされることなく、だれもが強くなれる。少なくとも弱さを持っていることを恥じなくなる。教会はそういうところである。また、教会は「私のような者が来るところではない」と卑下する人も、気兼ねなく来れるように配慮し迎え入れるところである。






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