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コリント人への第一の手紙15章9-10節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2023年2月24日
  • 読了時間: 2分

実際わたしは、神の教会を迫害したのであるから、使徒たちの中でいちばん小さい者であって、使徒と呼ばれる値うちのない者である。しかし、神の恵みによって、わたしは今日あるを得ているのである。そして、わたしに賜わった神の恵みはむだにならず、むしろ、わたしは彼らの中のだれよりも多く働いてきた。しかしそれは、わたし自身ではなく、わたしと共にあった神の恵みである。


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パウロは、ステパノを殉教の死に至らせた、凶悪な教会の迫害者であり、使徒と呼ばれるに値しないものだった。しかし、神の恵みとあわれみによって、使徒として立てられたのである。私たちもパウロ同様、今の私があるのは、神の恵みとあわれみによる。だから、多くゆるされた者は多く愛する(ルカ7:43)と言われるように、パウロは誰よりも多く働いたのである。


マタイ20章にある「ぶどう園の労働者のたとえ」がある。その中で、夕方5時に雇われた人は、日の出と共に働いた人と同じ1デナリの賃金を受け取ったという話がある。ここから先は、私の想像である。その翌日、夕方5時に雇われた人はどうしただろうか。夕方5時からでも行けば、1デナリがもらえるから、また同じ時間に行こうと思っただろうか。否である。この温情深い農園の主(あるじ)のために誰より早く行って農園で働いたであろう。これがキリストを信じる信仰である。私たちは主から託された仕事を自力によってするのではない。神の恵みによって、神の愛と恵みに感じて心駆り立てられ、するのである。


一年前の今日、ロシアによるウクライナの侵攻が始まり、今も戦争が続いている。ウクライナの人たちのためにも、ロシアの人たちのためにも、平和が訪れるように祈りたい。




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