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コリント人への第一の手紙1章22-25節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2022年11月22日
  • 読了時間: 1分

ユダヤ人はしるしを請い、ギリシヤ人は知恵を求める。しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものであるが、召された者自身にとっては、ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神の力、神の知恵たるキリストなのである。神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからである。


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ユダヤ人やギリシャ人にかぎらず、人はしるしを求める。教会に、信じるに足る何かを持っているのか。たとえば、会堂が壮麗なすばらしい建物であるとか、社会的に貢献するような功績を持っているとか、教会員の中に有名人がいるとか・・・。また、人は知恵を求める。人々をうならせるような立派な教理の体系を持っているとか・・・。しかし、パウロは、人々にしるしを現わすことも、知恵を見せつけることもしない。ただ十字架にかかられたキリストを宣べ伝えるという。ここにこそ、どんな人をも救い得る神の力があり、神の知恵が隠されているからだ。






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