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コリント人への第一の手紙2章11-16節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2022年12月2日
  • 読了時間: 2分

いったい、人間の思いは、その内にある人間の霊以外に、だれが知っていようか。それと同じように神の思いも、神の御霊以外には、知るものはない。ところが、わたしたちが受けたのは、この世の霊ではなく、神からの霊である。それによって、神から賜わった恵みを悟るためである。この賜物について語るにも、わたしたちは人間の知恵が教える言葉を用いないで、御霊の教える言葉を用い、霊によって霊のことを解釈するのである。生れながらの人は、神の御霊の賜物を受けいれない。それは彼には愚かなものだからである。また、御霊によって判断されるべきであるから、彼はそれを理解することができない。しかし、霊の人は、すべてのものを判断するが、自分自身はだれからも判断されることはない。「だれが主の思いを知って、彼を教えることができようか」。しかし、わたしたちはキリストの思いを持っている。


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だれが神の思いを知っているのか。それならば、だれが神について、神の救いについて教え、伝えることができるだろうか。どんなに知識に富んでいて頭脳明晰であっても、神の思いを知ることはできない。神とその救いについて教えることできる人はいない。しかし、主イエス・キリストを受け入れた者には聖霊が宿り、その人は主の思いを持っているのである。主の思い、それは主(おも)に外に向けられる。神を知らない人々、心が神から遠く隔てた人である。これらの人々のために心を注いで祈りたい。




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