コリント人への第一の手紙3章6-8節
- Pastor

- 2022年12月5日
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わたしは植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である。だから、植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである。植える者と水をそそぐ者とは一つであって、それぞれその働きに応じて報酬を得るであろう。
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牧師には、植えることを賜物とする伝道者タイプと、水を注ぐことを賜物とする牧会者タイプとがあるだろう。また、素晴らしい説教をするが、気難しい牧師もいれば、説教の切れ味はよくないが、人柄がいいという牧師もいる。こうした牧師の好みによって、たとえば、教会が、主任牧師の側につくものと副牧師の側につくものとの間で分裂し、互いにいがみ合い、教会が二分してしまうことが起こったりする。こうしたつまらない分裂を回避するために、その原因となっている牧師が、植える者であろうと、水を注ぐものであろうと、それは取るに足らないことであるを知るべきである。何故なら、育て成長させるのは神ご自身であるからだ。人やその業績がほめたたえられてはならない。そうでないと様々な混乱が生じてくる。神にいっさいの栄光を帰するものでありたい。






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