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コリント人への第一の手紙6章15-18節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2022年12月22日
  • 読了時間: 1分

更新日:2024年12月4日

あなたがたは自分のからだがキリストの肢体であることを、知らないのか。それだのに、キリストの肢体を取って遊女の肢体としてよいのか。断じていけない。それとも、遊女につく者はそれと一つのからだになることを、知らないのか。「ふたりの者は一体となるべきである」とあるからである。しかし主につく者は、主と一つの霊になるのである。不品行を避けなさい。人の犯すすべての罪は、からだの外にある。しかし不品行をする者は、自分のからだに対して罪を犯すのである。


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人は罪人であるというとき、人は罪と一体化しているのである。しかし、人がキリストを信じたときに、キリストと共に十字架つけられて、罪と一体化していた人は死に、復活のキリストと結びついてひとつとなったのである。それは私のうちにキリストが生きておられるということである(ガラテヤ2:20)。だから、私たちは神のものとされており、私たちの心も身体も、神以外のものに使われてはならないのである。




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