コリント人への第一の手紙9章16節
- Pastor

- 2023年1月10日
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わたしが福音を宣べ伝えても、それは誇にはならない。なぜなら、わたしは、そうせずにはおれないからである。もし福音を宣べ伝えないなら、わたしはわざわいである。
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パウロは、諸国をめぐる伝道旅行を三度にわたって行い、多くの人々を救いに導き、各地に次々に教会を生み出して行った。しかし、その功績は誇りとするものではないと言う。なぜなら、そうせざるを得なかったからだと言う。パウロはローマ1:14で「負債」(新改訳)を負っていると述べている。それは、ユダヤ人及び異邦人に福音を宣べ伝えることによって返すことのできる負債であった。パウロは赦されるはずのない罪を赦され、救いに入れられた。主はそのためにご自分のいのちを犠牲にされたのである。そういうことならば、私たちも同じく負債を負うものである。それは私たちと変わらない、同じはずなのだが、パウロの負債感はわれわれとけた違いのものだった。また、パウロにとって、その負債を返すことはこの世の借金苦とは異なる。返すことは、彼にとって喜びであり、なんとも言えない快感だったのである。そうせざるを得ない。それはしないではおれないという、情熱に駆り立てられていたのである。私たちにも、このパウロの持つ負債感、宣教の情熱を与えられたいものである。






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