top of page

コリント人への第一の手紙9章24-27節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2023年1月13日
  • 読了時間: 2分

あなたがたは知らないのか。競技場で走る者は、みな走りはするが、賞を得る者はひとりだけである。あなたがたも、賞を得るように走りなさい。しかし、すべて競技をする者は、何ごとにも節制をする。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするが、わたしたちは朽ちない冠を得るためにそうするのである。そこで、わたしは目標のはっきりしないような走り方をせず、空を打つような拳闘はしない。すなわち、自分のからだを打ちたたいて服従させるのである。そうしないと、ほかの人に宣べ伝えておきながら、自分は失格者になるかも知れない。


*******

 

キリストを信じる信仰者はアスリートのようなものであると、ここにパウロは述べている。古代オリンピアの陸上競技の他に拳闘もその例にあげられている。へブル12:2には「信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか」とある。私たちのめざすべきゴールは、天の御国であり、主イエス・キリストご自身である。この地上で託された神の仕事を精一杯果たし、私たちの内面がかぎりなく主の御姿に似せられて行くことである。かつて、オリンピック選手は国威を背負い、そのプレッシャーからかえって実力が発揮できず、命を絶った方もあった。しかし近年は、選手からゲームを楽しむという言葉をよく聞く。神が与えてくださった賜物に感謝し、それをを存分に生かして神の栄光を表わし、喜びをもって主に仕え、走り続ける者でありたい。




コメント


bottom of page