コリント人への第二の手紙3章17節
- Pastor

- 2024年9月19日
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主は霊である。そして、主の霊のあるところには、自由がある。
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ここには、聖霊のことが言われている。聖霊は神である。この聖霊なる神がおられるところ、聖霊なる神がご支配されるところには、何にも縛られない自由がある。さらに聖霊なる神が私のうちにおられ、満ちあふれるなら、「これが本当の自由なのか!」と感嘆するような自由を体験するのである。
その自由とは、する自由であり、しない自由である。神の嘉(よみ)せられないことはしない。つまりは、罪の言うなりにはならないということである。そして、神のみ言葉に従い、喜んで御心のうちを歩むことである。そこには、神を賛美することにおいて自由がある。神に祈ることにおいて自由がある。キリストを証し、福音を語る自由がある。
キリスト者には自由がある。神以外、何ものにも縛られることがない。卑屈にならず喜んで人に仕える。






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