top of page

コリント人への第二の手紙8章2-3節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年10月3日
  • 読了時間: 1分

彼らは、患難のために激しい試錬をうけたが、その満ちあふれる喜びは、極度の貧しさにもかかわらず、あふれ出て惜しみなく施す富となったのである。わたしはあかしするが、彼らは力に応じて、否、力以上に施しをした。


*******


ここに、マケドニヤの諸教会に与えられた神の恵みについて証されている。神への献金についてである。献金はすべて神にささげられるものである。実際にささげられた献金は教会の伝道の働き、建物の維持管理費、人件費、会堂建築積立などに使われる。だからと言って、教会や牧師にささげられているのではない。5千人の給食という主のわざがなされるにあたって、ささげられたわずかなものを主は受け取られ、それを天に向かって高くかかげ祈られて、人々の空腹を満たされた。ささげられるものは主の御手に渡されるのである。主はそれを受け取り祝福して、主が私たちの必要を満たされるのである。献金は、富んでいる人が多くのものをささげるわけではない。神の恵みをどれだけ知っているのかという、信仰によるのである。わずかであっても、信仰にしたがって喜んでささげる人を神は祝福される。




コメント


bottom of page