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コロサイ人への手紙1章18節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2022年5月23日
  • 読了時間: 1分

更新日:2023年3月15日

そして自らは、そのからだなる教会のかしらである。


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本日より、「コロサイ人への手紙」(コロサイ書)から黙想したい。

「コロサイ書」は、パウロによって紀元61年頃に書かれた。パウロがローマで囚われの身にあった時に書かれたことから、エペソ書、ピリピ書、ピレモン書と合わせ、この四書は「獄中書簡」と呼ばれている。当時、コロサイ教会には異端的な教えが入って来ていた。それは、誤ったユダヤ教的な教えと、霊的なものは善で、物質的なものは悪とする二元論を唱えるギリシャの思弁哲学などである。それに対し、パウロは、キリストこそ万物の創造者であり、真の神であり、真の知恵と知識の源であることを述べている。コロサイ書とエペソ書は類似する著述が見られるが、エペソ書のテーマが「キリストの身体なる教会」であるのに対して、コロサイ書は「教会のかしらなるキリスト」がテーマとなっている。

教会はキリストの身体である。私たちはその身体の肢体である。教会は皆がひとつとなって、宣教という神の働きを担い、互いにいたわり合い励まし合って支え合う。ひとりひとりがキリストを主としてあがめ従って行くなら、キリストから目を離さないでいるならば、ひとつとなれる。皆でひとつになれれば、強くされ、何ものにも打ち負かされることはない。





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