コロサイ人への手紙1章6節
- Pastor

- 2022年5月27日
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そして、この福音は、世界中いたる所でそうであるように、あなたがたのところでも、これを聞いて神の恵みを知ったとき以来、実を結んで成長しているのである。
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主の語られたたとえ話に種まきのたとえがある。「福音」の種は、私たちをとおしあらゆるところにまかれている。道端に落ちた種は、固く踏みかためられ、種は土にもぐることができない。そのうち鳥が来て、ついばんで行ってしまう。いばらの中に落ちた種は、芽を出し茎が伸び葉を広げるがいばらがふさいでしまって、そのうち枯れてしまう。石地に落ちた種は、石地の上に薄っすら土があって、陽がさすと、土は温まり急激に成長するが、根が張れないためにやはり枯れてしまう。しかし、良い地(耕作地)に落ちた種は健やかに成長し、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ(マルコ4:3-9)。だれでも最初から良い地はない。だれもが道端であったり、いばらの中であったり、石地の上であったりする。しかし、あきらめずにまき続けるなら、農夫である神は、踏み固められた土を耕し、いばらを取り除き、石を掘り起こし取り除いてくださる。祈りつづけるなら、神は時にかなって、くわを入れ、かたくなな心を耕してくださる。その時を待って祈り続けよう。成長し、実を結ぶ力は福音、み言葉そのものにある。






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