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コロサイ人への手紙2章17節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2022年6月13日
  • 読了時間: 1分

更新日:2023年3月15日

これらは、きたるべきものの影であって、その本体はキリストにある。


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旧約聖書の祭儀や律法は、本体であるキリストの影にすぎない。もっとも重要な祭儀であった過越祭においては、キリストが十字架にかけられることによって、過越の小羊をささげることを必要としなくなったのである。ヘブル9:12にあるように「やぎと子牛との血によらず、ご自身の血によって、一度だけ聖所にはいられ、それによって永遠のあがないを全うされた」からである。それ故、私たちは旧約聖書の祭儀や律法に縛られることはない。


信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。

ヘブル12:2(新改訳)


主イエスを仰いで主から目を離さず、主に従って行けばよいのである。





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