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マタイによる福音書11章28-30節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2023年6月12日
  • 読了時間: 2分

すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。わたしは柔和で心のへりくだった者であるから、わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである」。


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今、負いきれない重荷があれば、主イエス・キリストのもとに行き、その荷を解き下ろそう。主が休ませてくださる。重荷は放置されたままにするのでない。一旦解き下ろされた重荷を主が共に負ってくださるのである。くびきは二頭の牛に結(ゆ)わえつけられる木枠である。その後ろに農耕具や荷車を轢(ひ)かせるのである。負いきれない重いところは主が負ってくださる。ちょうどよく負えるところを私たちが負うのである。主は柔和でへりくだった方であるから、私たちの歩調に合わせてくださる。だから、そのくびきは負いやすく、荷は軽いのである。それを負い続けることによって、魂に休みが与えられるのである。なぜなら、くびきを負うことによって、今、自分がかかえている問題は必ず解決してゆくという確信が与えられるからである。これこそが、苦境の中で与えられる真の平安である。

「くびきを負うて、わたしに学びなさい」。私たちには修めなければならない学課がある。主と共にくびきを負うことによって、人間的にも霊的にも私たちは成長し、成熟するのである。




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