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マタイによる福音書26章39節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年3月12日
  • 読了時間: 2分

更新日:2024年11月23日

「ゲッセマネの祈り その2」

そして少し進んで行き、うつぶしになり、祈って言われた、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」。


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教会の礼拝では、長年信仰生活を送っている人も、まだ信じて間もない人も、そこで語られる説教を等しく聴く。そのような事情から、初心者のクリスチャンが、「神の御心のままをなしてください」と祈っている祈りを聞く。早熟すぎて、信仰に行き詰まってしまうのではないかと、牧師として少々心配になる。クリスチャンになったばかりの時は、少々わがままな祈りでいい。何よりもよく祈り、祈り応えられる経験を積み重ねてゆくことである。そのようにして神への信頼が深められてゆく。信仰が育つのである。


去る3日(日)の夜は、髙橋家に葬儀の打ち合わせに行った。だいぶ疲れていたのだろう。帰り道、電車利用に使うSUICAを紛失してしまっていることに気づいた。道々祈り、もう一度カバンの中を確かめようと、街頭の照らす道に立ち止まった。そしてカバンの中をのぞこうと、下を向いた時に自分の両足の間にSUICAが落ちているのを発見した。コートのポケットに入れてあったSUICAが、同じ右側のポケットに入れた手書きの地図を取り出した時に、落ちてしまったらしい。船橋の住宅街の路上に約二時間、放置されていたのである。祈り終えた後、立ち止まったその場所に、神がそこに置いてくださったように落ちていたのである。神のなされる奇跡的なみわざだった。


「わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」。行く手にどうにも解決しようのない問題が立ちはだかった時、神の前に全面降伏する。その後、神の言われることはどんなことでもさせていただくと祈る。そのような覚悟を決めて主に従う時に、神がご介入くださる。まさに神の御心がなされるのである。




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