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マタイによる福音書13章3節
イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。......」。 ******* 譬えは、ただ比較するためのものではなく、しばしば格言でもあります。譬えには、霊的な事柄が説明されていますから、それは自然の事象によって例証される示唆的な会話のようなものです。物語は文字通りの意味もありますが、それを解釈(説明)することは霊的なものです。ただ、それを文字通りの意味にとどめるのは致命的な誤りです。霊的な意味は、譬えを生き生きとしたものにするのです。 譬えを用いる話法は中東では一般的なものです。譬えは、人々の注意を引き、集中させ、謙虚で真面目な聞き手に対して、それが心により深く届くように心理をもたらします。しかし、正義と憐れみの荘厳な調合によって、高慢や軽率な者には真理を隠すのです。 すべてのものにとって、この譬えはなんと素晴らしく、適切な導入でしょうか。 この譬えにおいて、私たちの主は明白で最も重要な問いに答えられます。種蒔きをするキリスト、そのキリストによって送られた説教者たちは、同じ種を蒔きます。しかし、なぜ同様の

来主 珠里(July Cross)
1月2日


マタイによる福音書2章12-15節
そして、夢でヘロデのところに帰るなとのみ告げを受けたので、他の道をとおって自分の国へ帰って行った。彼らが帰って行ったのち、見よ、主の使が夢でヨセフに現れて言った、「立って、幼な子とその母を連れて、エジプトに逃げなさい。そして、あなたに知らせるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが幼な子を捜し出して、殺そうとしている」。そこで、ヨセフは立って、夜の間に幼な子とその母とを連れてエジプトへ行き、ヘロデが死ぬまでそこにとどまっていた。それは、主が預言者によって「エジプトからわが子を呼び出した」と言われたこが、成就するためである。 ******* 東方の博士たちにも、神は夢で語られた。彼らもまた、その御声を聞き逃さず、ヘロデ王の宮殿には立ち寄らず他の道を通って帰路についた。ヨセフにも再び夢によって神は再び告げられると、ただちに幼子と妻を連れて、エジプトに逃避行し、ヘロデの在世中はそこにとどまった。そのいっさいの費用は、博士たちによってささげられた高価な贈答物によってまかなえたであろう。今日も、主の御声を従う人々によって神の救いのみわざは推し進められてゆく

Pastor
2025年12月23日


マタイによる福音書2章11節
そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。 ******* この三つの贈物は、いずれも高価なものであった。それは、彼らの神に対する献身を表わすものであった。はるか彼方の東方の国から、道中様々な危険を冒して旅しつづけてキリストを拝謁したこと自体が、彼らの神への献身そのものを表わすものであったが。 黄金は王に対するささげもの、乳香は神へのささげもの、没薬は死者にささげられるものであると、教父の時代から伝統的に言われてきたが、いずれも救い主にふさわしいささげ物であった。博士たちがへりくだって神に自らをささげたように、私たちも自らを主にささげるものでありたい。

Pastor
2025年12月22日


マタイによる福音書2章9-10節
彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。 ******* 東方の博士たちを導いた星がひとつの地点をさしてとどまった。砂漠を横切り国境を超えて、様々な危険と困難を乗り越え、ついに救い主との出会いを果たしたのである。その感激と喜びは筆舌しがたいものだった。私たちの人生は、この救い主との出会いを求めてさまよい歩く、旅路のようなものではないだろうか。主イエス・キリストとの出会いを果たし、私たちも至上の喜びにあふれるものでありたい。

Pastor
2025年12月20日


マタイによる福音書2章3-4節
ヘロデ王はこのことを聞いて不安を感じた。エルサレムの人々もみな、同様であった。そこで王は祭司長たちと民の律法学者たちとを全部集めて、キリストはどこに生れるのかと、彼らに問いただした。 ******* ヘロデがユダヤの王の誕生の良き音信を聞いて不安に感じたのは、自分の地位がおびやかされる可能性があったからである。それに対してエルサレムの人々が同様に不安を感じたのは、エルサレムにおいてこの二つの勢力が争えば、エルサレムが戦場となって、都は破壊され街は焼かれてしまう恐れがあったからである。それはきわめて深刻な問題ではあるが、いにしえから待望されてきたメシヤ(救い主)の到来を喜ばず、自分たちの生活の安定と繁栄をひたすら求めようとするところに、神から民の心が遠く隔てていたことを垣間見る。しかしながら、神から心が遠く隔てた人のためにも救い主がおいでくださったことを思い、クリスマスの良き音信を世の人々に語り伝えてゆきたい。

Pastor
2025年12月19日


マタイによる福音書1章24-25節
ヨセフは眠りからさめた後に、主の使が命じたとおりに、マリヤを妻に迎えた。しかし、子が生れるまでは、彼女を知ることはなかった。そして、その子をイエスと名づけた。 ******* ヨセフは夢で告げられたとおりに主に従った。マリヤが主に従い、ヨセフも主にしたがって、キリストの降誕、神の救いの計画は前進して行ったのである。 サムエルは言った、「主はそのみ言葉に聞き従う事を喜ばれるように、燔祭や犠牲を喜ばれるであろうか。見よ、従うことは犠牲にまさり、聞くことは雄羊の脂肪にまさる。(サムエル記上15:22) 主は今日もみ言葉に従う人を求めておられる。

Pastor
2025年12月18日


マタイによる福音書1章23節
「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。これは、「神われらと共にいます」という意味である。 ******* 子なる神が人となってこの地上にお生まれになる。それによって「インマヌエル」、神がわれらと共にいますという神の約束が現実のものとなったのである。あらゆるものを失っても、主なる神がわれらと共におられるなら、恐れることはなく心配することもない。

Pastor
2025年12月17日


マタイによる福音書1章21節
彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。 ******* 主イエス・キリストは、私たちを罪から救うためにおいでくださったのである。人はだれでも、その根幹には自己中心がある。それが身にしみて離れられない。そこから「もろもろの罪」が派生してくる。主は私たちのいっさい罪を負われ、十字架にかかられたのである。この十字架を仰ぐときに、私たちの罪のいっさいは赦され、三位一体の神との交わりの中に入れられたのである。

Pastor
2025年12月16日


マタイによる福音書1章18-20節
イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。 ******* ヨセフの心中を察せないではおれない。マリヤが身重になったということに対して、もっとも信頼していた人から裏切られたという悲しみと失意に打ちひしがれたであろう。それでも、取り乱すことなく、彼女にとってもっとも良いことを選択しようと考え、離縁を決意したのである。 その後、「それにしても、マリヤが不貞をするとは思えない、なぜ、このようなことが起ったのだろう」と思いめぐらしていた時に、御使いをとおして主なる神の告知があったのである。「マリヤを妻として迎えなさい。彼女がみごもったのは不貞によるものではない、聖霊によるのである」と御使いをとおして主が

Pastor
2025年12月15日


マタイによる福音書11章28節
すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。 ******* 百周年記念大会を終えた翌日は月曜日であるが、朝7時半にホテルを出て、おおよそ2時間、100キロ離れた場所にあるブラジル福音ホーリネス教団のキャンプ場に案内していただい...

Pastor
2025年9月17日


マタイによる福音書7章9-11節
心の糧(1) あなたがたのうちで、自分の子がパンを求めるのに、石を与える者があろうか。魚を求めるのに、へびを与える者があろうか。このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる...

舟喜ふみ師
2025年6月4日


マタイによる福音書8章8節
舟喜ふみ牧師の証詞(3) そこで百卒長は答えて言った、「主よ、わたしの屋根の下にあなたをお入れする資格は、わたしにはございません。ただ、お言葉を下さい。そうすれば僕はなおります。 ******* その子が 聖書に手をかざして 「これを読んでいるから 大丈夫だ」と言った時 私...

舟喜ふみ師
2025年5月8日


マタイによる福音書27章54節
百卒長、および彼と一緒にイエスの番をしていた人々は、地震や、いろいろのできごとを見て非常に恐れ、「まことに、この人は神の子であった」と言った。 ******* 百卒長、および彼と一緒にきた見張りの兵士たちは、刑が執行され、息を引き取るまで注意深く受刑者を見守っていた。その監...

Pastor
2025年4月19日


マタイによる福音書27章14節
しかし、総督が非常に不思議に思ったほどに、イエスは何を言われても、ひと言もお答えにならなかった。 ******* 榎本保郎著『新約聖書一日一章』より以下引用。 イエスはピラトに引き渡され、ピラトとの問答が行われたが、イエスは不思議に思うほどお答えにならなかった。イエスが答え...

Pastor
2025年4月18日


マタイによる福音書2章11節
そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。 ******* 博士らは、家に入り、誕生したばかりの救い主を拝した。そして黄金、乳香、没薬といういずれも高価な贈物をささげ、ひれ伏した。ひ...

Pastor
2024年12月10日


マタイによる福音書2章9-10節
彼らは王の言うことを聞いて出かけると、見よ、彼らが東方で見た星が、彼らより先に進んで、幼な子のいる所まで行き、その上にとどまった。彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。 ******* 東方の博士らを導いた星がついにキリストの誕生の場所を示し、とどまった。天文学的な見地...

Pastor
2024年12月9日


マタイによる福音書2章1-3節
イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生れになったとき、見よ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました」。ヘロデ王はこのことを聞いて不安...

Pastor
2024年12月7日


マタイによる福音書1章23節
「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。これは、「神われらと共にいます」という意味である。 ******* イザヤ書7章14節にあるメシヤ(救い主)預言の引用である。誕生する救い主の名は「インマヌエル」と呼ばれるという。その...

Pastor
2024年12月6日


マタイによる福音書1章18-22節
イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢...

Pastor
2024年12月5日


マタイによる福音書11章25節
そのときイエスは声をあげて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました。 ******* 昨日、世田谷にある朝顔教会において、主にバッハのカンタータを歌う「エヴァンゲリウム・カントライ」(福...

Pastor
2024年11月30日
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