マタイによる福音書1章18-20節
- Pastor

- 2025年12月15日
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イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。
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ヨセフの心中を察せないではおれない。マリヤが身重になったということに対して、もっとも信頼していた人から裏切られたという悲しみと失意に打ちひしがれたであろう。それでも、取り乱すことなく、彼女にとってもっとも良いことを選択しようと考え、離縁を決意したのである。
その後、「それにしても、マリヤが不貞をするとは思えない、なぜ、このようなことが起ったのだろう」と思いめぐらしていた時に、御使いをとおして主なる神の告知があったのである。「マリヤを妻として迎えなさい。彼女がみごもったのは不貞によるものではない、聖霊によるのである」と御使いをとおして主が語られたのである。「思いめぐらす」とは、自分の思い、考えに固執しないこと、聖霊によって語られる言葉に柔軟に対応する心のゆとり、車のハンドルであれば、「遊び」である。これがあって、ヨセフは主の語りかけを正しく受けとめ、従うことができたのである。マリヤもまた思いめぐらす人(ルカ1:29、同2:19)であった。私たちも聖書を読み、そこから主の語りかけを聴き受け取られるよう、「思いめぐらす」ということを心がけたい。






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