top of page

マタイによる福音書27章33-36節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2024年3月20日
  • 読了時間: 2分

更新日:2024年11月23日

「ゴルゴダの丘の十字架」

そして、ゴルゴタ、すなわち、されこうべの場、という所にきたとき、彼らはにがみをまぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはそれをなめただけで、飲もうとされなかった。彼らはイエスを十字架につけてから、くじを引いて、その着物を分け、そこにすわってイエスの番をしていた。


*******


「されこうべ」と呼ばれる「ゴルゴダ」の丘に着くと、十字架の上に寝かせられ、両手両足に釘を打たれた。十字架の横木にロープをくくりつけて立ち上がらせ、あらかじめ掘った穴に十字架の下部を落とした。その衝撃が釘を打たれた両手両足に伝わり、血がほとばしり出た。主の流されたその血潮によって、私たちは救われたのである。


新聖歌112番「カルバリ山の十字架」は、信仰を持って間もない頃、暗唱してよく歌った聖歌である。


カルバリ山の 十字架に付きて 

イエスは尊き 血潮を流し

救いの道を 開きたまえり

カルバリの十字架 わがためなり

ああ十字架 ああ十字架

カルバリの十字架 わがためなり


かくも妙なる 愛を知りては

身も魂も ことごとささげ

ただ憐れみに すがる他なし

カルバリの十字架 わがためなり

ああ十字架 ああ十字架

カルバリの十字架 わがためなり


イエスよ血潮を われに注ぎて

今よりわれを きよき宮とし

とこしえまでも 住まわせたまえ

カルバリの十字架 わがためなり

ああ十字架 ああ十字架

カルバリの十字架 わがためなり




コメント


bottom of page