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マタイによる福音書9章12-13節

  • 執筆者の写真: Pastor
    Pastor
  • 2023年6月2日
  • 読了時間: 2分

イエスはこれを聞いて言われた、「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。『わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、学んできなさい。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」。


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マタイという人が収税所に坐って仕事をしていた。彼を見て、主イエスは「わたしに従ってきなさい」と言われたので、主に従った。マタイという人に何が起こったのだろう。その脈絡はわからない。後に十二弟子に選ばれているのだから、長らく勤めていた取税人の仕事を辞し、主の弟子となったのである。取税人はユダヤ社会では評判が悪かった。税金は占領国のローマに納めなければならず、取税人は、敵国に加担する者として「売国奴」と見なされていた。肩身のせまい思いをしていたマタイは主と出会って、よほど嬉しかったのであろう。取税人仲間や律法を重んじない「罪人」と呼ばれていた人たちを招いて、主を囲み、宴会を開いたのである。「あなたがたの先生は、あんな連中と一緒に食事をするのか」とけなす人たちがあった。それに対して主が答えたのが、上掲の言葉である。「丈夫な人には医者は要らない」・・・「わたしが好むのはあわれみである」。主は厳しいおきてを施してむち打ち、鍛えるということを好まず、疲れている人をいたわり、悲しんでいる人を慰め、道に迷っている人があれば、一緒に連れ添って歩んでくださる。「わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」。自分には非の打ちどころがなく、正しいとする人には、救い主を必要としないであろう。あやまちをおかしやすい、しかも気づかずに人を傷つけるようなことをしている罪深い者だということがわかって、心を痛めている人がいれば、そういう人のために救い主は来たのだと、主は言われたのである。




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