マルコによる福音書10章6-9節
- Pastor

- 2022年9月12日
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しかし、天地創造の初めから、『神は人を男と女とに造られた。それゆえに、人はその父母を離れ、ふたりの者は一体となるべきである』。彼らはもはや、ふたりではなく一体である。だから、神が合わせられたものを、人は離してはならない」。
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離婚についてパリサイ人が試みて主に質問した。その時の主の回答が上掲のみ言葉である。男と女はそれぞれ父母を離れて、二人は一体となる。神が結び合わせたものを人は離してはならないという。生れも育ちも全く違う二つの個性がひとつとなるというのは、奇跡に近いことかもしれない。妻にしても夫にしても、自分というものをわかってもらうには時間がかかるし、個性と個性が衝突して傷つくこともある。もう到底わかり得ないと思って離婚に踏み切ろうとすることも無理からぬことのように思える。しかし、行き着くところまで行って気づかされることは、互いの意志による結婚ではあるが、二人を出会わせ結び合わせられたのは神であるということである。神が出会わせ結び合わせられたのであれば、神ご自身が二人をひとつにしてくださる。それは、一方が我慢して他方に合わせるというものではなく、互いに相手の個性を尊重し、互いの弱さ、足らなさを負い、一緒にいることが嬉しいと心から思えることである。三浦綾子氏は「夫婦は一生かかって夫婦となる」と言われた。二人が一体となるためには、一生かかるのであり、神が二人をひとつとしてくださるためには、長い歳月を要する。互いに神の前にへりくだって自分の罪深さと弱さを認め、神に祈りながら相手をわかろうと努め続けるものでありたい。その先に神はきっと二人をひとつにしてくださる。






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